FC2ブログ

スポンサーサイト

-------- | --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お題「蛍の住む川で」

2010-03-27 | 23:06

お題「蛍の住む川で」
 普段は静かな場所に、ぽっと明かりがつく。夏の日差しがきつくなる丁度その時期に、それは訪れる。
 草花が周辺の大地を全て覆う。少しあるいてみても、土を踏んでいるという感触は此方にまで伝わらない。
 夜になると、虫達の声が響き渡る。何時もなら雑音以下の音色が、この日この場所この時間だけでは、一つの演奏にも聞こえる。
 毎年のようにそれは訪れる。季節の風物詩であり、誰もの楽しみでもあった。知る人しか知らない一つの名物であった。
 しかし、とある年から、それを見なくなってしまった。



「なぁ、蛍見に行こうぜ」
 庭先で遊んでいた元田が口を開いた。くりくり丸坊主に、ランニング短パン。少し昔の子供のイメージをそのまま再現したような格好だった。
 それに答えたのは、縁側で水を啜る一人の少女、鈴だった。
「いるのかしら、蛍。去年はじっちゃんもばっちゃんも見に行ったけど、見れなかったって言ってたわ」
「そうかもしれないけど、いいじゃないか、見にいってみようぜ」
「うーん……」
 鈴が少し考えてから、頷く。
「分かったわ」
「よし、約束だぞ!」
 元田は鈴に近寄り小指を出す。
「「指きりげんまん嘘ついたら針飲-ます、指切った!」」
 そんな約束はしなくてもよかった。ただ、これは一つの形。約束そのもの、確認するための、一種の儀式に近かった。
 元田と鈴が指を切った後、鈴の叔母が西瓜を持って縁側に来た。この時期の西瓜は甘く、水菓子と呼ばれる程である。
「元ちゃんもどうぞ」
 鈴の叔母が手招きをする。
「あ、ありがとうございます!」
「あはは、なんだか食いしん坊みたい」
 すぐに駆け寄る元田を見て、鈴が微笑んだ。それに少し赤くなりながら、元田は言い訳をする。
「男はみんな食いしん坊なの!」
 そう言って西瓜にかぶりつく元田を、鈴とその叔母はくすくすと笑う。
 鈴の叔母が家の中へ戻り、縁側には西瓜を齧る二人だけが残された。
 少し湿度の高く、お日様が絶好調の今日は、縁側の日陰と程よい風通しが非常に助かる状況だった。庭に生えた杉の木には蝉が何匹もひっついているのか、けたたましく鳴く声がよく響いていた。
 鈴が西瓜の種を吐き出すと、元田は少し考える素振りをみせてから、また西瓜に齧りついた。
「あれ、元田、種は?」
「飲んじゃってる」
「吐き出さないの?」
「だって面倒だし」
 鈴がもう一度器に種を出すと、駄目だよ、と言う。
「お腹に西瓜出来ちゃうよ?」
「それは迷信だって」
 元田がけらけらと笑う。先に西瓜を食べ終えた元田は、縁側から飛び降り、庭先へと出る。
「ご馳走さまでした」
 後へと続くように、鈴も元田に続いて庭先へと出る。鈴は麦わら帽子に、白いシャツに青のオーバーオール姿である。
「元田、帽子まだ家にあるけど、使う?」
「いいよ。今日は何時もより暑くないし。それより、遊びに行こうぜ」
「何処に?」
 場所を考えていなかった元田は少し悩んでから、あっ、と声を出す。
「神社行こうよ、神社。涼しいし、太郎がいるかもしれない」
「あ、賛成」
 鈴の家から少し離れた場所には、小さな神社が一つある。何時建てられたのか分からないこともさながら、名前すら分からないのである。付近に住んでいる者で名前を知っている者もおらず、本当に名無しの神社である。その神社に一匹の犬が住み着いており、その犬が太郎なのである。神社は木々に囲まれ、少し小高い所に位置しており、日中でも涼しいと、子供達に評判なのだ。
 元田と鈴は神社の石段を登って、鳥居を潜る。昔の雰囲気が漂うぼろぼろになった神社の本殿、同じようにぼろぼろに成り果てたお賽銭箱がある。
 たっぷりと湿気を含んではいるが、太陽の光が届かないこの場所はとても居心地がいい。鈴は適当に石に座り、元田は太郎を探し始めた。
「太郎―、いるなら出ておいでー」
 鈴がそう呼びかけると、がらっ、と音がした。それは草を掻き分ける音ではなく、木々を抜けてくる音でもなかった。それは、神社の本殿の扉が開かれた音だった。
「あれま、こんにちは」
 そこにいたのは白い装束を着た一人の若い女性だった。色白の肌に、透き通った瞳は、何処か異人っぽさを醸し出していた。
「あの、えーと、どちら様ですか?」
 元田が恐る恐る尋ねると、女性はにこりと笑い、答える。
「此方様さ。……冗談よ、冗談よ。この神社の持ち主なだけよ」
 女性はその場お賽銭箱に背中を預けて腰を下ろす。
「埃っぽい所に何時までも篭ってるとね、たまに外に出ておいしい空気が吸いたいもんで」
 女性はそういうと大きく何度も深呼吸をする。その度に、ざわざわと木々が揺れた。
「ところで、君たちは此処で何をしているのかな?」
「あ、太郎と遊びに来ました」
「太郎? ああ、あの犬か。あの犬ならさっき石段降りて何処かに行っちまったよ」
 その言葉に鈴が少し肩を落とす。女性はけらけらと笑いながら、言葉を続けた。
「そういや、君たちは今から暇かな? 少し私の話し相手になってはくれないかな?」
 元田と鈴が少し顔を合わせてから、頷く。その合図に、女性は膝をぽんと叩き、すっと立ち上がる。一度神社の本殿の中に戻って再び現れると、手には饅頭があった。
 それから他愛のない話が始まった。元田と鈴が何処に住んでいるのか。家族構成はどんなものなのか。今は学校がどうなっているのか。日本はどんな状況なのか。二人とも、神様は信じるのか。
 その中で、今日の蛍を見に行く話が出た。
「蛍か。いいねぇ、私も昔はよく見に行ったものだ。最近は飽きて行ってないけどね」
「今年は見れるといいんですけど」
「ね。私も久しぶりに見たいもん」
 元田と鈴がそういうと、女性は顎に手をやって、目が明後日の方向を向く。
「よし、決めた。うん、大丈夫だ、今年は蛍がちゃんと見れるよ」
「え? 本当ですか?」
「本当さ。私は嘘をつかない。ただ、一つだけ約束をして欲しい」
「?」
 鈴が首を傾げる。元田は既に見れるといわれただけで舞い上がって話を聞いていなかった。
「たまにここに来て私の話相手をしてくれないかな? 夏の間、君たちが学校にいかない間で構わないから」
「それくらいなら全然。ね、元田」
「え? なんて?」
「もう! 話聞いてなさいよ!」
 そのやり取りを、微笑みながら、女性は眺めていた。
 


 その夜、元田と鈴は川辺にいた。夜とういこともあって、少し気温は下がり過ごしやすくなっていた。元田は虫に食われるのが平気なのか、昼間とまったく同じ格好である。鈴は少し模様替えをして、薄い長袖を着ていた。ただ、暑さにまけて袖をまくってしまっているため、実質効果はなくなっていた。
 川の流れる音が、虫たちの声と綺麗に重なり合って、幻想的な空間を生み出していた。空に浮かんだ月が水面で反射して、ダイヤモンドのように輝く。
 元田と鈴は適当な場所に座り、その全てを味わいながら、蛍の姿を探す。しかし、何処にもその姿は見えず、遠くで外灯が一本、細々とついているだけだった。
「いないなー」
「いないねー」
 二人はそんなやり取りを丁度した時だった。ぽつり、と近くで明かりが灯る。
 わぁっ、と元田が喜んで立ち上がると、その明かりが突如として消えてしまう。あ、と声を出して落ち込む元田に、鈴がくすくすと笑う。
 刹那、辺り一面に明かりがついた。一つ一つつくのではなく、一度に。
 何処を見ても、光だらけだった。点だけの光が大きく集まって、まるで万華鏡の中に入ってしまったようである。
 世界は回らなくても、光はくるくると回る。集まって、散って。大きくなったかと思えば、消えるように小さくなる。
 異世界に迷い込んだ二人は、ただそれを見守るしかなかった。
 今宵、蛍たちの織り成すお祭りが始まった。
 もうこの川辺では蛍を見れないと、近隣の住民は思っているのか、元田と鈴以外はこの場にいなかった。
 蛍は一夜限りでその命を失う。今この一瞬で、これだけの蛍を見ることが出来るのは、一種の奇跡に近い。
「夢みたい」
 鈴がそういうと、元田はただ黙って頷いた。語る言葉など、必要なかったからだ。
 二人はずっと夢見心地で、現実世界を楽しむのだった。
スポンサーサイト

Theme : お題
Genre : 小説・文学

Comment

Post a comment

Secret

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。