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お題「悲しき幸せ」

2010-04-12 | 01:37

お題「悲しき幸せ」
 人は普段から小さな殻に包まれている。
 深海に眠っているそれは、皺が寄り合って模様を作り、一部が変色して味わいを生み出し、入り口をきつく結んでいる。
 その紐は時折、何かの拍子に、するりと緩む。
 殻の中には、真珠がある。美しく、幻想的で、此方を映し返すほど輝いている。
 だから、私は、愚かと知りながらも、開いた隙間に体を捻じ込んでしまった。真珠を我が物にしたくて、罪と分かっていて、それがもう既に誰かの物なのにも関わらず。
 魅了され翻弄され、気がつけば、手元に残ったのは
 真珠と
 満たされた小さな感情と
 残された大きな後悔だった

「信」
 そう呼ばれる度に、自分の中に電流が走る。最初は喜びだと思っていた。嬉しさのあまり、脳が過剰に刺激を分泌しているものだと思い込んでいた。最高にハイってヤツで、自分の中で知らない誰かが小躍りをしている。太陽に照らされ、その恵みを一身に受ける。柔らかく包み込まれ、気持ちのいい母なる大地に抱かれているような感覚。緑色の世界に閉じこもり、クラシックに耳を傾け転寝をしている気分だ。
 それは全て脳内変換されただけの物だった。
 気づいてしまったのだ。それは、偽の情報だということに。ただ単に、心からのアクセスを遮断して、脳内で妄想のビデオクリップを再生していたのだ。
「信」
 電流はまた走る。いや、虫が這っているのかもしれない。百足でも、蟻でも、蜘蛛でも、何でもいい。一本一本の足を私の四肢に突き刺し、それこそ拷問のように辿っていく。それは耐え難い程の苦痛、吐き気を孕んでいた。嫌悪するしかない感覚だと、何故気づいてしまったのだろうか。気づかないまま、ただ馬鹿に、ただ愚直に生きていればよかったのに。発達し終えた脳みそを全て掻き出して、空にしてしまいたかった。脳みそがなくて困っている人々に分け与えて、その人々たちの脳みそと交換して欲しい。赤ん坊の時の、何もない状態からリスタートしたい。
 もちろん、出来るはずもないのだけど。この先未来永劫、そんなことは人間としての領域を出ているため、完成することのない技術だ。仮に、人間が人間を止めて、機械にでもなったというのなら別の話になる。USBにでもCDにでもDVDにでも、記憶媒体にバックアップを残して、脳内のデータを全てフォーマットすればいいのだから。
 人間の脳も、フォーマットだけなら出来るのに、と思うこともある。だが、少し考えて、それは出来ない、と断定に至らない出までも、自己内での結論を出すことになる。
 頭をトンカチで叩き割ってもいい。心臓に釘を差し込んでもいい。睡眠薬を多量摂取したっていい。ナイフで頚動脈を切ったっていい。車に飛び出して引きずられてもいい。電車と正面衝突してミンチになったっていい。
 強制的にフォーマットする、つまり死ぬことは、いくらでも出来る。ご時世関係なく、自殺する手段と道具は、いくらでも世の中に蔓延っている。もし覚悟があるなら、息を止めてるだけでもいい。舌を噛み切ったって構わない。苦痛に顔を歪めて、痛みのせいで声にならない声を上げ、もがき、喚き、のた打ち回る。
 死を選んだ後、何かが残る。骨や活動を停止した臓器といった類ではない。私という水風船が破裂すると、水が飛び散る。それは濃色系の、異臭を放つ、粘着質な水だ。それはべったりと人にはりつき、これからの人生に多大なる迷惑を及ぼす。いわば、死者に囚われている状態ということだ。
 これが、家族なら乗り越えてくれるかもしれない。これが、知り合いなら乗り越えてくれるかもしれない。だから、という訳でもないが、その人たちだけがいるのであれば私は死んでも構わない。
 でも、死ぬ訳にはいかない、彼女がいる。
 彼女は、乗り越えてくれるだろう。一度、乗り越えたことがあるのだから。間違いなく、彼女は乗り越えてくれる。前向きに、後ろを向くことなく、また未来を見ることが出来るだろう。
 ただ彼女がいるから死ぬ訳にはいかないのは、只の私のワガママにほかならない。
 つまり物欲であり、独占欲。彼女は私の物であってほしい。勿論、人として扱う。メイドが欲しい訳でも、奴隷が欲しい訳でもない。ありのままの彼女を、そのまま、この先変わることなく、保存しておきたいだけだ。それも、自分の物として。自分だけの、大切な物として。
 つまり、それが本心。だからこそ、
「信」
 そう呼ばれる度に、電流が走る。
 汚い自分自身に、反吐が出そうになるのだ。
 彼女は、僕の親友の恋人だった。親友は幼馴染で、彼女もまた、幼馴染だった。私たち三人はともに成長した。高校に入るまで、それはただプラスの方向へと進んだ。
 でも、高校に入ってから、私は一人になった。隣には、二人がいる。でも、結局は一人になってしまった。
 二人は、付き合い始めたのだ。つまりは恋人。仲のよい友達ではなく。恋愛している二人。
 彼女が嫌いかと問われれば、ノー。好きかと問われれば、イエス。
 自問自答の中で答えに気がついた時には、既に遅かった。私は、何時の間にか置き去りにされていた。
 それでも、私はすがるように二人と一緒に過ごした。でも、二人の視界には、果たして自分が写っていたのだろうか。幼馴染の、ただの友達、だから、一緒にいた。いただけで、本当に一緒にいるという距離に、私は入れていなかった。
 それは耐え難い苦痛で、親友に苛立ちを覚えた。親友は、それを分かっていた。私と親友は、兄弟のように育った。お互いの浅い考えなど、すぐにばれてしまう。
 親友は私に素直に謝った。勝手に飛び出してすまない、と。
 それを許すか許さないか、答えは簡単だった。
 私は、にこりと笑ってから、親友の顔を殴り飛ばした。ぐーで、しかも、思いっきり。でも、親友は特に驚く様子もなく、全身で拳を受け止めていた。こうなると、分かっていたのだろう。私が、正直、いらついていたと。挙句、悔しかったと。
 殴ってはみたが、腹の中は決まっていた。
 許してやるつもりだったのだ、最初から。好きな人が、好きな人とくっついている。表舞台は既に満員。今更私はでしゃばれない。彼女の笑う顔が、親友といる時に一番輝くのだ。
 彼女の幸せを願うのならば、親友を応援してやるべきだったのだ。
 だからこそ、許した。許してやった。親友だったから。観客席へと移動して、二人の劇を見ると決め込んだ。
 それなのに、あいつは、俺と彼女を残して、天国へさっさと行ってしまったのだ。
 彼女は落胆し、毎日のように泣いていた。
 笑顔が見たかった。助けて上げたかった。
 そんな偽りの感情が、自分の本心だと誤魔化しながら、彼女と一緒に過ごす時間が増えた。
 気がつけば、付き合って、恋愛をしていた。
 はは、と乾いた笑いが、自分の中から聞こえてきそうだった。自分が欲しかった物が手に入った。しかし、歪な方法で。
 最低じゃないか。
 罵倒してみても、心はフィルタリングされて、言葉を受け付けない。そこに彼女がいる幸せだけを、受け取るように、脳は勝手に操作をしている。
――あなたが大好きでした。最初から。今も、これからも。そして今傍にいてくれています。
 全てを手に入れたと思った。小さな感情は満たされた。
――親友の頭の上で、私は彼女に手を伸ばしました。でも、届いたから、構わないのです。
 親友が死んで一人になった彼女と付き合うことになった。彼女を親友から奪い取った。親友の死を利用した。それでいて、彼女を、自分の物にしていたい。大きな後悔に飲み込まれた。
――そう、もう、私の、物。
 それでも、また呼んでほしい。
「信」
 私の名前を。
 薄っぺらい感情の狭間にいる私を、再び偽りに引きずり込むために。
 マグカップ程度しかない器に、幸せを注ぐために。



 その幸せは――幸福とは言い難い――悲しき幸せ
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Theme : お題
Genre : 小説・文学

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